自分がキモすぎて吐いた

 

大学四年生8月、一社も受けていない。
受けないと決めたわけでもなく、受けると決めたわけでもない。
何をどうすれば自分が自分でいられるのかが分からなくて、もう8月になってしまった。こういう人生の岐路に立つ時、スタートがいつも遅い。

月最低6万の家賃を払ってなんでもあるけど何にもない、文化の街東京に住み、カツカツで働くのと、製造業第一主義の長野で数少ない行きたい方面で働いていくのと、まずその時点で迷って、健康とお金貯めるためにも地元に就職しようと思って特に何もせず今。
どれだけ主張がある人間でも黒髪にしてスーツを着るという儀式からは逃れられなくて、人間性終わってる意識高い系がちゃっかり良い企業入っちゃって、空気の綺麗なところで絵を描いたりする喜びを知って、ああもうどうすればいいか分からない
いわゆるみんなの達している普通のレベルまでいけないんだ、かといって趣味や好きなことに生きると振り切ってもないので無理きもい

もう学生はひとまず終わるのだから、どうにかしなきゃいけないのは分かってるんだけど、みんなすごすぎだよ
人生決めれないよまだわたしには

 

究極の夢が世界平和だから、規模が大きすぎてどうすればいいかわからない
せめて自分の関わる人だけでも全員に幸せになってほしいけど、どうすればそれを叶えられるか分からない
希望になりたいし自由の象徴になりたい
でもどうしたら希望になれるのか、自由の象徴になれるのかわからない

ごめんなさい

自由は誰から与えられるものか

 

自由というものが少しずつ分かり、それを求め続けて生きることができている今
自由とか生きるとか死ぬとか、意外とみんな考えずに生きているというのに気づいたのが最近だし、そんなに暗くならなくても生きれるみたいなこと言われたこともある


いや、私はネガティブな意味で生きるとか死ぬとか考えてない
純粋に最後はみんな死ぬのにどうしてこんなに生きなければいけないんだろうとか思う

 

ただ、考えが極端であるということだけは認める基本的に0か100しかない

 

 

高校生の時から家でひいおばあちゃんが介護されていて、大きい病気ではなかったけど、100歳近かくなっていたし老衰で亡くなった
80歳くらいになっても一人で東京行ったり、オシャレや切手好きで元気だったひいおばあちゃんを見ていたからこそ、目の前で弱っていく姿を見たくなかった


私はそのとき高校3年生で人生の岐路に立たされていたわけだ

だからめちゃくちゃ元気で生きていても、最終的にそれすら忘れて、家族に迷惑かけながら死ぬのに、どうして私は大学受験しなきゃいけないんだろう、働かなきゃいけないんだろうと思った


生まれて来ることは正しいのかとか、自分が子供を産むとなった時に、自分の子供が私と同じように死に近い生を考えたりしたら、産んだ自分を責めてしまうなとか
行動を制限されたことはないけど、自分の家がもっとこうだったらとか普通を求めてしまうとか


めちゃくちゃ考えて受験どころじゃなくなったりして、たぶんクラスで一番進路決まるの遅かった


生まれてきて良かった、生きてきて良かったとキキフジモリになってから思えたので、今は死にたいとかは思わないけどさ

 

 

自分の自由を奪われるという経験を長くしていて、それが終わってようやく自分の自由は誰かから与えられるものではないと知った
自由を奪われていたあの時間は一生戻って来ることはない


だけど、その反動で今まで以上に自由を求めて生きることは間違っていないという確信を得た

 

 

人を傷つけてまで得る自由に価値はないと思うけど、勉学に関係ないつまらない校則とか
に従わない自由は全然あるし、男子学生の髪は長いとダメとか女子学生のスカートが短いとダメいうのは、男子学生の髪を短くしたり、女子学生のスカートを長くしたら学力上がるんですかと聞きたいね
しょうもない、だけど学生時代にはそれがしょうもないし、意味のないことだというのに気づけず従っていた自分が可哀想だ

自分の好きで髪短くしたり、スカート長くしているならいいけど、そうじゃない場合は学校というものに権力を持たせ、支配しようとする大人の気持ち悪さとやらしさに従うことになってしまう

 

高校は校則がほぼない学校だったけど、髪を染めるのは禁止で、でも学校楽しくなかったから、せめてもの楽しみで茶髪にしてた
でもまあゆるい学校だから全然注意されなかったんだけど、クラスの男子に笑いながらチクられて先生から注意された、キモ
先生自身に注意されるならまだしも、チクられたから注意されたのが超ムカついた
チクるくらいなら面と向かって言ってくればいいのに


私は黒髪に戻したところで精神がまじめになった訳ではなかったし、学校のつまらなさも変わらなかったよ

 

 

子供も女も人間だよ、大人が上で子供が下なんてないよ、歳上を尊敬はするし失礼な態度はとらないけど、言ってしまえばただ先に生まれてきただけなんだよ年齢なんて
職業的な意味で上下関係が出るならまだしも、若い女が一番下だと思って頑なに道譲らないおじさんとかザラにいるから
あなたと私はいわば無関係なのに、なんでそんな偉そうな態度取られなきゃいけないんだよ

 

私はそう思うので、高校生の時とか後輩に呼び捨てで呼んでいいし、敬語も使わなくていいって言ってた
高校生なんて三年だけしか歳変わらんし、もう大人だけど、別に失礼なことされなければ、プライベートな付き合いなら全然タメ口でいいし呼び捨てでいい


だからこそビジネスメール書けない大人からのメールには引いてしまうし、子供を利用しようとする大人は全員地獄に落ちてほしいと思う

 

 

私の自由を気づかせてくれた尾崎豊の「卒業」で
「仕組まれた自由に誰も気づかずにあがいた日々も終わる」
っていう歌詞がある
校則は仕組まれた縛り、自由の象徴だ


仕組まれた自由があった学校というものを飛び出したら、社会に仕組まれた自由にしたがって生きるのか
もちろん犯罪を犯したり、人を傷つけてはいけないけど、会社や学校で出会う人なんて、その場から離れたら、一生会わない人がほとんど


なのに身近な学校の人や会社の人の目を気にして同調圧力に負けて、自分でない人間として生きることは、自由ではない


自分として生きて、自分として死ぬ
そうしたら何人かだけど、本当の意味で側にいてくれる人がいるから

 

生きる死ぬとか散々考えたけど、もう生まれてきてしまって、最後は全員死ぬから、自分の人生生きようというのが私のたどり着いた答えなので、誰も持っていない自分だけの人生を歩んでいきたい


年齢や性別、職業というのはただの形は本質的な意味であなたではないし、それに縛られて我慢する必要はない


自分の人生を歩むのは自分しかいない
自由は自分で掴むものだ
そして私はいつも自由に生きる人の味方でありたい

正義は幸福か


心優しい障害のある人が必死になって生きているのに、息を吐くように加害することしかしない人が平気で生きている


家庭の事情で進学を諦めた人が文句も言わず働いていて、親の金で大学行って、そのお金と親と学問のありがたさに4年間気づくことなく勉強より飲み会三昧で、就活の時だけいい顔して内定ゲットしちゃう大学生がいる


一生懸命働いていて人のことを思いやれる人が貧困で、一生悪事を働いて罰せられることもなくお金も十分あって幸せに生きる人がいる


相手がいないと子供ができないのに高校を辞めさせられるのは女生徒だけで、当の相手は何事も無かったように新しい家庭を築いて幸せに生きている

 

 

世の中は平等じゃないし、むしろ理不尽なことが多すぎる
良い人ほど早く亡くなったり、悪い人ほど最後の最後まで加害をして死ぬ
おかしい

 

努力が必ず報われる訳でもないし、正義が必ず勝つ訳ではないということに気づいてから数年経った今も、結局生きている

 

 

社長の息子が同世代の大学生のアルバイトをただ立っているだけと言ったり、海外インターンしている人が自殺する人を弱いと言っていたりする
それでいて世の中に貢献したいだの世の中を変えたいだの言ってる


Facebook上で良い人でいれば、その思考をオフレコで言ってれば、側から見たら夢に向かって頑張る若者
身近なアルバイトをしている友人や毎日のように日本で起こる人身事故には興味が持てない、事情も知らずに責めるような発言をする人間が世界のことなんて見れる訳ないじゃん
私はそれを知っていたけど、私はFacebookで良い人発言もしてないし、その人たちから見たらよくわからない芸術をしている人な訳で、私の方がむしろ何も考えず好き勝手やってる人間に見えていたんだろうなきっと

 

 

若いんだから男を騙したお金を資金にして活動すれば?とか初対面の人に言われたことがある
若い女の子なんだからそんなに悩む必要ないでしょとかつぶやいちゃうおじさんもザラにいる
え?女の人生なめすぎじゃない?騙した側が悪いんだし、最悪殺されるよ
しかも誰かを騙してまでする芸術に価値なんかあるの?
あなたたちが勝手にメンヘラとくくる若い女性たちには、悩む権利もないのかよ
じゃあ若い男の子はどうなんだよ

 

 

理不尽な思いとか、不条理を感じすぎて、逆に自分がおかしいんじゃないかとか悩んだけど、周りを広く見て人の気持ちに寄り添って、コツコツとやっていこうとしている自分は間違ってないと分かったとき、正義は必ずしも世の中の大多数を締めるものではないと同時に分かった

 

じゃあ私はそういう人たちに流されて人を思いやらない思想で生きていれば楽だったかもしれない
どんな思想を持つことも自由ではあるけれど、その思想は人を傷つけるということを知らずに普通に口に出しちゃう人がいるから驚きだよね
そんな風にただ自分のことだけ考えて周りや現実見ずに生きていれば、私は今のような苦しい思いをしていなかった

 

けれど私は私の思想を貫かないといけないと思った


自分の人生は自分のものだけど、自分だけのものじゃない、と思っているから


悪の同調圧力に負けて自分の自由を捨てるくらいなら、生きている意味がないと思うから、私は生きるために自分を貫く
私の思想と自由と芸術を求め続けた先に、人を救えることができると本気で思っている
正義は必ず幸福とは限らないけれど、私は私を生きる

5/13デザフェスと自分

 

5/13にデザフェスにアクセサリーブランドのBfPのくまちゃんと出展した
前日の午前に東京着く予定が、荷物が予定の時間に届かず夕方着いたという…くまちゃんにはご迷惑をおかけした

 

上野で開催中の人体展に行って、人体の神秘と今自分が生きている奇跡を感じた
最近は美術館はよく行くけど、博物館は久々で、この展示は友達と行ったほうが楽しいだろうなと思ったし、すごい楽しかったなー

 

夜は人生初の温野菜を満喫して、くまちゃんのお家で作品見せてもらって、最高なネックレスを購入させてもらったから早速デザフェスには着けて参戦したよ
夜も朝も移動も全部楽しかったー
購入したネックレスとスタジオばりの世界観と綺麗さのくまちゃんのお家にて

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デザフェス当日
Eブースの入り口のすごい良いところだった
1人、3人での出展はしたことあるけど、2人は初めてでスペース的に一番ちょうど良かったかも
ブースはこんな感じでした

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くまちゃんのネックレス最高

 

今回は、ZINEに興味を持ってくれる人もたくさんいて、毎回大好評の便箋が完売したり、イラストレーター/CGクリエイターのNYAKKUNNさんとのコラボポストカードの反応もすごく良かった


そんな今回のデザフェスは、過去最高に多くの人が来てくれて、ほぼずっとブースにいた、本当にありがたい
その分、ご挨拶に行けなかったブースもあったのが残念だったのでリベンジします


開場と同時くらいに駆けつけてくださった方や、キキちゃんが出てるから来たと言ってくれた方や、友人やフォロワーさんや、初めての方でもすごい興味を持ってくれた方や、スタッフさんや、元バイト先の先輩と本当に色んな方が来てくださった

 

SNS上だけで繋がっていた人とも会えたり、数年ぶりに会えてずっと会いたかったと言ってくれた人もいて、
ツイッターのアカウント変えたり、ブログとかを読んで、心配してくれる人や元気そうで良かったって安心してくれる人が多くて、SNSで発信している意義を強く感じた

 

今回の目玉の写真、文章、モデルと完全セルフプロデュースの「KIKI ZINE」は、文字通り魂削って作り上げた
完全セルフプロデュースのものが作りたいというのと、SNSやインターネットのおかげで宣伝できたり、気軽に作品を発表できたり、繋がりが持てるという反面、ネット社会の闇とも言える一件から、このZINEには無料で誰もがみれるネットには絶対に書けないこともたくさん書いた

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私が販売している中で一番安い100円のポストカードだって、100円あればパンや飲み物や日用品も買える
今回一番高かった800円のZINEだって、800円あれば、お店でランチ食べれるし、美術館には行けるし、電車でかなり遠くまで行ける
遊びに来て声をかけてくれることは、貴重な時間を私にくださることになるし、さらに、なんでもできる大事なお金を私の芸術に魅力を感じて、お金を払ってくれた人がいることが本当にありがたいことだと思う
だからこそ、最高なものを作り続けていかなければいけない

 

万人に自分や作品を見せることができたり、離れていても近況がわかるSNSやインターネットの世界も大事だし、私と私の芸術に価値を感じてくれている人に見せたい世界がある
今回のデザフェスでその両方を感じることができたし、今まで以上に芸術と自分と向き合った結果が今回のデザフェスだと思った

 

写真だの芸術だの言ってるけどただ自分が好きなだけ、と書かれたのが悔しいと同時に考えさせられて、自分の存在を芸術にしている人は自分が好きなだけなのかとか考えた


モデルを始めたきっかけが遺影が欲しかったからだし、ナルシシズムだけで芸術をしていたらこんなに疲れたり考えない
やっぱり私の芸術はナルシシズムではないし、こうして多くの多様な人々が私の周りにはいて、私の芸術を理解しようともせず攻撃する人よりも、こうして自分に価値を感じてくれている人の明日のために、私は芸術をしていかなければいけないのだと思う


芸術をしていくことは自分の好きでもあるけど、私は誰もが自分として生きていくことに喜びを感じられる社会を作りたいので、自分のためだけに芸術をしていくつもりはない
それは楽しいことだけなわけないし苦しいこともあるだろうけど、続けていきます

 

今回のNYAKKUNN さんとのコラボポストカードの売り上げは、児童福祉に寄付しました
まだまだ少しずつしかできないけれど、こうして素敵な絵とアイディアを提案してくれたNYAKKUNN さんに大感謝です
ありがとう

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一緒に出展してくれた、くまちゃんとは永遠に会話が尽きないし、知れば知るほど面白い人で作品もくまちゃん自身のこともさらに大好きになった
くまちゃんと一緒に出展できて本当に良かった
ありがとう

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ブースに来てくれた方、購入してくれた方、差し入れをくださった方、今回は来れずも応援のお声掛けをしてくださった方、コラボしてくれたNYAKKUNN さん、一緒に出展してくれたくまちゃん、本当に皆さんに感謝しかない

 

初めての遠征出展だったし不安だったけど、本当に今回出展したことに意義を感じられた
私のアートのルーツであるデザフェスで、人との出会いや、刺激をもらえたことに感動


これからも、キキフジモリはキキフジモリだし、進化し続けていきます

本当にありがとうございました


次回は8/19のコミティアです
受かれば11月のデザフェスも出ようと思っています
これからもキキフジモリをよろしくお願いします
本当にありがとうございました!

自分の不適合さを知る

 

長野での生活で心身ともにだいぶ元気になったのであんまりマイナスなこと書きたくないけど、大学四年生で就活とかも特に何もしていない自分は別に悪くないけど、その先のことがまだ不透明で意思が強いわけでもないから尚更自分マジで気持ち悪いなと思う
そういう学科じゃないけど、絵が描けない美大生というコンプレックスを払拭するために絵画教室に行ったり、興味のある生涯学習プログラムに参加したりして色んな友達できたり、プチ旅行たくさんしたり、完全セルフプロデュースのものが作りたくてセルフポートレートやら文をまとめたものを作ったり、本気でやらないと卒業できないから大学の勉強もしっかりやって、バイトも楽しくやってて、でもなんだか物足りない感じがしてしまう

人生で一番辛かった、カルト集団から抜け出せなかったときは自分と自由がほしくて、自由と自分が少し分かるようになった今、結局のところ自分が何を求めているのかが分からない

別にもう死にたいとか生きている意味ないとか思わないけど、楽しい時間が終わった時の虚無に耐えられなくて、終わることのないTwitterをずっとみたりしている

楽しい時間が終わらないでほしい
終わりが来ないでほしい

久々に自分を殺された事件から2か月経って、立ち直ったけど、そういった加害によって私が他者に怯えて生きてしまうのは私がいけないのですか
若い女という要素だけで、楽しく生きていて反感買われるのは、若い女である自分が悪いわけじゃないのに、自由を他者に潰された長すぎる時間は取り返しがつかない
女という性の部分だけで、特有の危険な目に合ったり、能力の有無に関わらず下に見られたりが当たり前の世の中が気持ち悪すぎて吐く
でも私が今生きているのはこの気持ち悪い世の中なんだ

美術に理解のない大人は、私のことを扱いづらい子だったり変な子として見ていることがすぐにわかる
だからって今更社会に適合するために自分を殺すことはないけど、平和な地獄へ導かれているあの感じが苦手だ

「自由でなければ意味がない」
という尾崎豊の言葉が大好きで大事な言葉で、だからいつも自由を求めていて、同調圧力に負けず、やりたいことは全部やって生きていこうとしているけど、そもそも今私が自由にできているのは親とか周りの人のおかげで、それって自由の範疇なのかとか問う

あと、一生分かることはないかもしれないけど、自分というものがわかりたい
自分がどういう人間で、自分が何をしたいのか

私は他者に傷つけられたことを引きずってて、やっぱり明るく生きたくても100%明るく生きれないから、自分の暮らしが一番自分を傷つけると泣いてる、って本当にその通りで、全て自分のせいにして死ぬよりも人のせいにしてでも生きていた方がマシだと思うから、ゼロには戻れたような気もするけど1にはなれていない

私の将来の夢は、カルチャーになりたいってずっと言ってるけど、それもそうで、最近気づいた自分がすべきことは世界平和だというのに気づいた
世界を平和にするために自分は生まれてきたと勝手に思い始めた
世の中を変えたい

夢が大きすぎて何していいか分からない現状だと思うんだけど、何事も少しずつしかできないんだよね多分

まずは気持ち悪い自分とさようならしない(自分のことを気持ち悪いと思わなくなること)と自分が持たないから、そこからだね
自尊心が欠けているとは別の意味合いの、自分が気持ち悪いという感情
自分という人間に価値がないという意味ではなく、やりきれてない感が気持ち悪いし最悪

何も考えずに楽しく生きれたら良いんだけど、それはどうも無理そうなので、考えながら生きる
生きたい

人生、尾崎豊

 

今日は尾崎豊の命日


ブログに尾崎豊のことを何回か書いているけど、今日の私にとっての尾崎豊を書く

 

尾崎豊の存在は色んな人がカバーしたり番組で曲が流れたりしたから、昔から知っていたけれど、深く知ったのは一昨年くらい

 

そんな中、尾崎豊の卒業が人生で一番聴いている曲かもしれない
曲の始めは情景描写が美しく、サビに向かうにつれて感情や疑問を力強く歌うこの曲は、学校があまり好きでない自分、人生を上手く生きることができない自分に、それでもいいんだ、悩むことは間違っていない、そして自分の人生を歩むことを教えてくれた

 

世の中の人には、尾崎豊は若者の反抗的な感情を歌うイメージがあると思うけれど、ダメな自分も悩む自分も全部肯定してくれるような、本当に優しい歌が多い
しかし綺麗事は言わないところが尾崎豊に惹きつけられた理由の一つでもある

 

綺麗事は誰でもいくらでも並べられるが、100%間違ってはいないとは言えない
それでもやっぱり、現実と夢の両方を見ていないと生きていけない


お金より愛が大事という世のあるべき定義は言葉だけでは信じられなかったけど、どちらも大事である現実を歌い、最後まで愛を追い求めた彼の生き様から、お金がなきゃ生きていけないけど、愛がないと生きていけないことがわかった

 

迷いながら生きる日々の中で、人生に光を与えてくれた存在
神のいないこの世の中で、せめて自分が神のような人々の希望になろうと生き抜いた彼に、多くの人間が救われ、私も救われた

 

私が生まれる前に尾崎豊は亡くなっていて、好きすぎてその存在が幻のように思えてしまうこともあるし、欲を言えば一度でもいいから生で歌を聴きたかったな


そう思うこともあるけれど、尾崎豊と一緒に人生を歩んでくれている気がする、そう思わせてくれるような存在なんだ


尾崎豊はもうこの世にはいないけど、その存在が死ぬことはないし存在も曲も今生きているから、こうやって今を生きる自分が知ることができた
この事実もまた、生きている意味の新しい価値観を与えてくれた

 

私の人生を始めさせてくれてありがとう
たくさんの宝を残してくれてありがとう
26年間生きていてくれてありがとう


人生、尾崎豊

お風呂に入るのが面倒なのは誰のせい

 

年に何回しかない物欲の波が来ているから、永遠とあらゆる通販サイトやアプリ見て、とりあえずスクショして、コレクションにしている
そのあと厳選して買う

お風呂に入るのが楽な時としんどすぎて動けない時がある
自分のせいなのか、誰かのせいなのか、天気のせいなのか、音のせいなのか、街のせいなのか、よくわからない
結局お風呂入るんだけどね

唇がガサガサだし、水に浮かんでいたい

鳥が飛ぶ音と沸騰する音

私の気持ちと裏腹に春はずっと明るい